2017.04.10 Monday

イワンの馬鹿

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    19世紀から20世紀初等にかけて活躍した帝政ロシアの文豪、トルストイによる「イワンの馬鹿」を、大正から昭和初期に小説家・劇作家として活躍した菊池寛が子供向けに翻訳したもの。働き者のイワンと悪魔の物語。

    青空文庫より。

     

     見えない価値のほうが重いとは限らない。

     自分で撒いて、育てて、得られる食べ物。

     苦労した果ての手。

     しっかりとこの身に受け取れるものに満足して、自分には不必要なものまで求めない理性。

     それらが悪魔を打ち払うんだよ、一生懸命働いて生きればそれでいいんだよと、トルストイは農民や子供向けにわかりやすく語りかけたのだと思う。

     

     一方で、当時のブルジョア層や現代の日本人は別のものを読み解く。

     見えない価値の危うさ、特に、力と金に対する価値変動は、こんな寓話の中にすら潜むのだと警鐘している。

     

     トル爺さんの説教臭い爺さんらしさが出ている作品。

     でも、基本的にはイワンの馬鹿さにほっこり癒やされるね!

     

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    2017.04.10 Monday

    桜の樹の下には

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      桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
      これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。

       青空文庫より。

       

       この季節になると読もうと思って、でもいつも忘れていて、数年ぶりに成功。

       今年の桜は頑張ってくれました。

       

       中学2年の時にCLAMP 「東京babylon」(の昴流様)が大好きな友人ができまして、その流れで梶井基次郎に行き着いたわけですが、非常にオタク的な思い出ですね。まさに中2!

       

       桜の樹の下に屍体があるというシチュエーションはビジュアル的にいいのかもしれないけれど、個人的には、腐敗臭に満ちた、しかし見た目には水晶に見える体液を桜の維管束が吸い上げていくっていうのが、いいね。グロテスクの中にある、躍動感だね。跳ね回る蛆虫のような、ピチピチ感。

       

       うっそりと笑って楽しむ作品。

      2017.04.09 Sunday

      方丈記

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        「方丈記」は、鴨長明による鎌倉時代の随筆です。長明は晩年、京の郊外の日野山に一丈四方(方丈)の狭い庵を結び隠棲しました。そこから当時の世間を観察して書き記したのでこの名があります。兼好法師の「徒然草」、清少納言の「枕草子」とあわせて日本の三大随筆と呼ばれています。
        特に書き出しの
        「行く川のながれは絶えずして、しかも元の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」
        はよく知られています。
        漢字と仮名の混ざった和漢混淆文で書かれたものとしては、最初の優れた文芸作品であり、詠嘆表現や対句表現を多用し、漢文の語法、歌語、仏教用語を織り交ぜて書かれています。

        また、自らが経験した天変地異に関する記述を書き連ね、歴史史料としても価値が高いと言われています。以下の災害について詳しい記述がなされています。
        一、安元三年(一一七七年)の京の火災
        二、治承四年(一一八〇年)に同じく京で発生した竜巻およびその直後の福原遷都
        三、養和年間(一一八一年〜一一八二年)の飢饉
        四、元暦二年(一一八五年)に京を襲った大地震

         青空文庫版を読みました。

         

         ずっと未読だとおもっていたこの本……なんと、読んでた。遥か過去、小学校3年のときに現代語訳を読んでた!

         未読だと勘違いしていたのは、あまりにも短くて、あれが全体だと思わなかったから。

         

         大人になって聖書でコヘレトの言葉を読んだときも、『百年の孤独』を読んだときも、『ダンマパダ』を読んだときも、私の底にある『視点』の位置は、比較対象の地点は、彼の無常観にあったのだと、今納得しています。

         こればっかりはね、順番だな。私の世界の見え方はすでに仏教式の無常に染まっていた。平安時代独特の終末感に染まった無常は、刷り込みに近い形で私の目に設置されているフィルターだった。

         源氏物語、徒然草でその観念を裏打ち済みなので、堅固な城壁と言っていい。

         それをさらっと、伝わりやすいカタチで、よりリアルなカタチで描写されていたのが、方丈記だった。

         

         だからこそキリスト教圏の無常観を描いた『コヘレトの言葉』は衝撃だったなぁ。この無常観、既視感あるわと、初読時に震えたもの。

         簡潔な言葉でとつとつと現実を描写する、あの背中は、誰の後ろ姿だったのか。

         あの時はぱっと思いつかなくて、ブッダか、それとも吉田兼好か、はたまた紫式部かわからなかったけど、少なくとも鴨長明の明朗な文章は『コヘレトの言葉』に近い。

         

         

         遊び心で、いずれの作者も本当は無常観なんて書くつもりがなくて、「この世の中を活写した」だけなのかもしれないという仮定を、一つ立ててみた。

         すると、『姿勢を同じくする』というだけでこれだけ似てしまうのは、世界は何処も同じ秋の夕暮れなのだろうと腑に落ちてしまう。

         少なくとも、私の視界から読んだ文章の中では、n=15 くらいの経験は積んでいる。

         というわけで、どうもこの世は無常であるという見方は真実らしい。

         だけど、腑に落ちたところで、何が真実であろうと、人生は私が生きている限りその先があるのだ。

         鴨長明のように身ぎれいにするのは私の理想に合致するけど、それは私の体力(と金銭)が追いつかないので、私は私のやり過ごし方を模索するしかない。

         そこがおそらく、人類共通の悩みだ。

         

        知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。

        暗いところからやって来て 暗いところへ帰っていくだけ その間に何が出来るの? 教えて 教えて

        amazarashi 『からっぽの空に潰される』

        人は、裸で母の胎を出たように、裸で帰る。来た時の姿で、行くのだ。労苦の結果を何ひとつ持って行くわけではない。
        これまた、大いに不幸なことだ。来た時と同じように、行かざるをえない。風を追って労苦して、何になろうか。

         旧約聖書『コヘレトの言葉』

         

         ぽっと思いつく3例の文章を引用して見たけど、全部、ちょっとずつアプローチが違うのが、好きだな。

         

         話はそれるけど、方丈記を読む前日に、『スローターハウス5』のような『事実は不動』みたいな作品を読んでしまう偶然辺りが、人生で最高に素敵なことだよね。

         

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        2017.04.08 Saturday

        スローターハウス5

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          カート・ヴォネガット・ジュニア
          早川書房
          ¥ 778
          (1978-12-31)
          コメント:スローターハウス5

          時の流れの呪縛から解き放たれたビリー・ピルグリムは、自分の生涯の未来と過去とを往来する、奇妙な時間旅行者になっていた。大富豪の娘と幸福な結婚生活を送り……異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容され……やがては第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、連合軍によるドレスデン無差別爆撃を受けるビリー。時間の迷路の果てに彼が見たものは何か?  著者自身の戦争体験をまじえた半自伝的長篇。

           

           体験した事実は消えない。

           宇宙の何処かで蓄積されている。

           しかも悪いことに、その情報は私の意思とは無関係に、たまに私に戻ってくる。

           

           そんな感覚を共有する同朋の作品として読む。

           この世に起こるすべての出来事を、心に移りゆくよしなしごとを、『そういうものだ。』とまとめてしまう感情を理解する者として読む。

           ……本に友だちを求めるなんて、バカなことだと思いつつ。

           

           おそらくヴォネガットは、戦争の悲惨さを際立たせたかったのではなかった。(結果的にはそうなってしまっているが)

           彼は、人生の寄り集まりが生み出す悲惨……因果を含めて、動かしがたい、誰も悪くない、けれど「誰かの頭が悪かった」というどうしようもない事実のせいでぽこぽこぽこぽこ人が死んだりする状況を、動かなくなった心で眺める悲しみを書きたかったのだ。いくらかの怒りを込めて。

           

           私は彼のように、感情を書き残してくれた人に感謝します。

           少なくとも、それを読んだ後進は、その文章と友だちになることができるから!

           そして私は、「この感情を後世に書き記さねば」という使命感から解放される。   

           

           所々に挟まれるキルゴア・トラウトのお話が好き。

           ヴォネガット大好き!

           

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          2017.04.03 Monday

          銀河鉄道の夜

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            ケンタウルス祭の夜、ジョパンニはカムパネルラと銀河鉄道に乗る。カムパネルラは消えてしまい、ジョパンニだけが目覚める。

            青空文庫、第四稿に基づく版を読了。 

             

             小学校2年の頃、友だちの兄弟が見ていた猫化したアニメーションをチラ見してなんとなく嫌な感じを受け、その時絶対に読まないと誓っていたはずの本ですが、読んでしまった。

             

            悪くはなかった。

            悪くはなかったけど、小さい頃の私が嫌いそうな話だなぁとは思った。

             

            あの頃の私は、燐光揺らめく銀河の描写を、さぞ嫌っただろう。

            子供の銀河鉄道の旅をメルヘンチックに描くのは適切ではないと、主張しただろう。

            せめて大人と同じ景色であるべきで、ジョヴァンニの純粋な瞳やカムパネルラの優しさなどは不必要だと。

            「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」p86

            「たとえそう思っても、できないのが人間の業で、今更何を言っているんだ」と息巻いて、ひょっとしたら文庫本を壁に叩きつけるような癇癪も起こしたかもしれない。

             

             今の私は当時の私に、「宮沢賢治が見たかった世界を書くことくらいは、許してあげてちょうだいね」と、語りかけたいと思う。

             

            「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもっみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」p60

             

             ちなみに30年間放置の結果として、『カムパネルラは死んでいる』という事前情報は得て読みました。

            2017.01.23 Monday

            FASHION GIRLS miyaファッションイラストブック

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              miya(ミヤマアユミ)
              KADOKAWA
              ---
              (2016-09-26)
              コメント:FASHION GIRLS miyaファッションイラストブック

              春夏秋冬オールシーズンかわいいおしゃれな女の子145スタイル
              街で目を引くファッションアイテムや周りの人たちの素敵な着こなし、こんな服いいなというコーデをたくさん詰め込みました。
              毎日服を選ぶのがワクワクする
              見ているだけでおしゃれしたい気分になる
              日常にワクワクを添えてくれる一冊です。

               

               私よりずっと若い世代の装いの本。

               かわいい。

               むっちりした二の腕の女の子が今っぽい。鶏ガラがもてはやされた私の時代とは、隔世の感あり。

               

               

               私が1番綺麗だった時というのがあるのならば、それはティーンから20代前半にあったのだろうとは思う。

               当時戦争や毒ガスやビルの崩壊はブラウン管の中の話で、私がおしゃれのきっかけを落とす要素はなかったはずだったんだけど、なぜか私は泣きそうな気分で、一切の女の子のきらきらから逃げ回っていた。

               私の性分が腐っているせいなのか。

               業が深いことです。

               タイムマシンがあるならば、当時の自分に「自分に自信がなくても、ちょっと背伸びするくらいの気持ちでおしゃれしなさいよ馬鹿」と箴言したい。

               

               だからこそ、今になって、手がとどかない世界を窓から眺める感じで、街で見かける女の子たちに憧れる。

               ほろ苦いけれど、幸せな気分になります。

               若い日はもう戻らないっていうのも、肩の荷が降りた感じでいいのかも。

               

               そんな街でのぼんやりを、本にして部屋に持ち込むにはいい媒体でした。

               

              JUGEMテーマ:アート・デザイン

              2017.01.08 Sunday

              ソクラテスの弁明ーエウチュプロン、クリトン

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                「ソクラテスの弁明」は、法廷においてきせられた不敬の罪状に対するソクラテスの弁明を描いたもの。プラトン青年期の情熱的傑作で、師に対する永遠の墓碑銘であると同時に、人類に残した貴重な教訓。

                 

                大学時代か高校時代か、ブックオフで買って積読していた一冊。

                みんなだいすきソクラテス先生を一番愛していたであろう、プラトン先生の熱い作品。

                高校で倫理を習った1年生は、ソクラテスの思想の受業直後に読めばいいと思うよ。ちょっと読みにくいけど、本気でおすすめ。私も高校時代に読めばよかったと後悔。

                 

                 なぜならこの本、『エウチュプロン』→『ソクラテスの弁明』→『プラトン』の順番で掲載されていて、この順番がなかなか美味しいの。

                 

                 まず『エウチュプロン』では、実際ソクラテスが『無知の知』を若者に自覚させるために実際にとったであろう行動を活写し、ソクラテスのやりくちと、そのウザさがよく分かるのね。

                 その後ソクラテスはある人物から訴えられるんだけど、裁判中ソクラテスが行ったであろう弁明を『ソクラテスの弁明』で垣間見る。……ここではソクラテスが自分のウザさをわかっていながらなぜその行動を止めなかったか、くどくど説明している文章が続く。

                 そしてついに死刑判決がでて、死刑を待っている彼に仲の良かった人たちが脱獄を進めるんだけど、本人は意固地に裁きの結果を受け入れる理論が『クリトン』で表現される。

                 この一連の作品を読むと、何のノウハウもない時代に、ギリシャ人が弁論術、数学の証明(≒言葉の定義の方法)をいかにして確立していったか、まるで追体験のように感じることができるという美味しさ。

                 

                 そしてこの本に、訳者山本光雄さんの解説も外せない。

                 読書中に徹頭徹尾感じるのは、プラトンのソクラテスに対するプラトニックラブで、

                (プラトンはソクラテス本人に善のイデアをみたんだろうな……)

                ( ソクラテスの思想に対する熱い思いを、そしてそれがある意味最高のカタチで失ってしまったことについての悲しみを、若いプラトンがこの作品を書くことによって昇華しようとしてたんだろう)って噛みしめていたら、解説にたどり着き、

                『プラトンの見るところでは、ソクラテスはいちばん正しい人であり、いちばん敬虔な人であったのである』(p182)

                『ソクラテスとは(略)、あえて言うなら、神と人間との中間者という意味で、ダイモン的な人間であった』(p207)

                なんて、活字で読んでしまっては、悶えるしかない。

                 

                 プラトン、弟子たちの情熱がアカデメイアやリュケイオンへ流れ流れ、中世を超え、アラビア経由で近代に至り、私達が座る椅子のある教室まで届けられると考えると、ジンと来る。

                 こういった哲学的な物事は、神の啓示を受けたり、教室の片隅で激論を交わしたり、哲学者が一人ベッドの上でつらつらと考えたりして発達していったものだと思いこんでいたのだけれど、源流のギリシャでは、頑固おじいちゃんが若者にひっついて「ねえねえねえねえ君はどう思う?どうしてそうなるの?」と絡んできき回った街の片隅、善や美と程遠い裁判所という場所でつらつら語られて始まった。

                 そう思うと、この世界が叙事詩に見えるね。

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